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【連載】webバイク小説「桜の街を旅する -岩手県北上展勝地-」第一話

前回からMotoBeでは新しいコンテンツ「webバイク小説」がスタートしました!
関連記事:【連載】webバイク小説「春待ちライダー」第一話
今回はwebバイク小説第二弾「桜の街を旅する -岩手県北上展勝地-」です!
前回に続き、今回のお話も読んでいるとバイクに乗りたくなってくる物語です。

東北自動車道下り線

秋田県境を過ぎた。
湯瀬渓谷から岩手県に入った。

鼻の奥が、少しツンとした。
この辺も山岳地帯だからだろう。
寒い空気が、再び
ヘルメットの中に入ってきた。

先ほど通過した鹿角八幡平I.C付近では、
だいぶ暖かかったはずだ。

迫ってくる、道路脇の温度計。

視線を向けると、
再び気温は一五度を下回っていた。

もうすぐ安代ジャンクションに差しかかる。
東北自動車道と八戸自動車道の分岐点だ。

今回の旅の目的地は、
盛岡市より少しだけ南にある。

迷わず右側へ。

東北自動車道をこのまま走る道を選んだ。

北国の春装備


朝五時に自宅を出発した。

気温は九度だった。

薄い灰色の雲が、空一面に広がっていた。
しかし時々、雲間から日差しが漏れた。

この時期にしては珍しく冷え込んだ朝だったが、
春らしい温もりを、たしかに感じられた。

少し着込んでいく必要があった。

化繊のライディングジャケットとシャツの間に
冬用のフリースを一枚追加した。

ツーリング用の厚手のジーンズ。
さらに、防寒用のオーバーパンツを履いた。

グローブは三月末から未だに、冬用の物だ。

それらの選択は正しかった。
この程度の気温では鼻水の一滴も流れない。
十分に体温を保てているようだ。

今シーズンから愛車のW800には、
新しい装備を追加した。

ヘッドライトケースの上に、
高さ十五センチ程の
大きさのスクリーンを取り付けた。

幾分か、胸のあたりに受ける
風の量が減った気がした。

風から身を守るのが良いと感じるか
どうかは、人それぞれだろう。
しかし僕にとっては嬉しい改良点だった。
春先の山岳地帯でも、寒すぎなくて良い。

岩手山SAにて


安代I.Cを過ぎたあたりから、
「北緯四十度線」や
「東北自動車道の最高地点」
など示す看板が見え始めた。

それらを横目に、
松尾八幡平I.Cを通過した。

岩手山SAの案内板が見えた。

高速道路は快適だが、自分が思う以上に
神経は疲れているものだ。
休憩時間はしっかりと確保しておきたい。

サービスエリアへの分岐点に差しかかった。
左にウインカー。後方確認。
そして減速した。

二輪車用の駐車スペースにW800を停めた。
ヘルメットを脱いで、振り返った。

——これは、すごいな。

先ほどから何度か見えていた
標高2千メートル以上の美しい山。
そこに仁王立ちしていた。
まだ残雪が中腹まで残っている岩手山だ。

ヒップバッグから取り出したデジカメで
シャッターを数回ほど切った。

晴天の春空に、負けてはいない。
残雪の岩手山は存在感があった。
あまりの美しさに、
思わず顔がほころんだ。

「どちらまで行かれるのですか?」
隣に停まっていた真っ赤なバイクの男が
話しかけてきた。
かなりのベテランライダーのようだ。

バイクはドゥカティ・ムルティストラーダ。
「アルプスローダー」という
ジャンルのバイクだ。
このバイクにも独特の存在感があった。

「今日は北上市まで行く予定なんですよ」

僕がそう言うと、男は目を見開いた。

「もしかして、北上展勝地ですか?」

僕は心の中で静かに拍手をした。

「さすが、ライダーは名所をご存じですね」

「ええ。東北の桜名所は、
ずいぶんと周りましたから」

北上市にある「北上展勝地」は、
秋田県仙北市の「角館(かくのだて)」と、
青森県の「弘前公園」と肩を並べる
「みちのく三大桜名所」の一つに数えられている。

その中で唯一、僕が足を運んだことがないのは
北上展勝地だけだった。
 

男も岩手山を見つめていた。
ゆっくりと息を吐くように話し始めた。

「しかし東北という地は、
何度来ても飽きることがない。
なぜなのでしょうかね」

「ご出身は東北ではないのですか?」

はい、と男は頷いた。
タンクバックを開いた。
そこに、上着の内ポケットから取り出した
長財布と煙草を、静かに収納した。

「一昨日、関東の方から来て、
昨日は弘前のビジネスホテルに泊まりました」

「弘前ですか。僕の地元です」

「そうでしたか。弘前城の桜を見たのは5年ぶりでした。
今年も最高に素晴らしかったですよ」

「ありがとうございます。
地元の素晴らしい景色だと思ってます」

男は静かに頷いた。

「毎年、変わらない景色。
すごく貴重なことだと思いますよ」

変わらない景色


男はタンクバックの中から
再び煙草を一本取り出し、火をつけた。

「私の実家は、茨城にあるんです」

「そうなのですか。
ちなみに茨城のどちらの方にお住まいですか?」

「沿岸の方の町なんです」

僕はハッとした。

「もしかして、震災で……?」

「ええ、まぁ。東北の沿岸部と同じく、
うちの方もずいぶんと被害を受けました」

「それはまた、大変な思いをされましたね」

「いえいえ。我が家はまだ高台にあるので
辛うじて大丈夫でした」

男の吐き出した煙草の煙が、
名残惜しそうに空へ登って消えていく。

それを、目で追っていた。

「しかしまぁ、
子供の頃からの思い出の景色というものを、
色々と無くしましてね」

僕は少し、返す言葉を失っていた。

「そうとは知らなかったです。失礼しました」

「いえいえ、とんでもない。
ただ、毎年変わらない景色があるのは、
やはり素晴らしいことだと、
今になってみれば思うのですよ」

それから少しだけ立ち話をした。

また、どこかで。
と手を振りあって男とは別れた。

ドゥカティは歯切れのよい
マフラー音を発し、
合流車線から本線を南下していった。

男の言葉を反芻しながら、
僕はもう一度、背後の岩手山に目を向けた。

続く………

この記事をかいた人

張山 和希アイコン

北東北を中心にツーリングをし、紀行文やニュース記事を細々と執筆している。 オンロードだけでなく、林道ツーリングやオートバイキャンプなど、色々やっている。 北海道ツーリングの常連で、そこそこ詳しい。愛車はカワサキW800&ヤマハセロー250。

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